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「待ちぼうけ」(守株待兔)

施設長の春花秋月

 「待ちぼうけ」(北原白秋作詞、山田耕筰作曲)は、現在でも、小学5年生の音楽科の授業などで「日本の歌」や「唱歌」として取り上げられるケースが多く、歌詞の意味(守株待兔)を理解した上で鑑賞する授業が行われているそうです。
 私も幼い頃に、この唱歌を口ずさんだ記憶があります。この歌詞は中国の法家「韓非子」にある説話「守株待兔」から録られたものだそうです。その内容は、昔、兎(うさぎ)が走って来て木の切り株に当たって死んだのを見た宋の農民が、仕事を投げ捨てて毎日切り株を見張ったものの、ついに兎は捕れなかったという「韓非子」の故事によるものです。いたずらに古い習慣を守って、時に応じた物事の処理ができないことのたとえです。
 韓非子は、古の聖人が行った徳治を唱える儒家に対して、「時代に合わせて変えるべきだ」と主張したのです。いたずらに古い習慣を守って前例を踏襲することは、非常に楽で批判を受けることも少ないのです。しかし、このことが失われた30年の根源の一つであり、今日の日本において「守株待兔」の教訓を旨とし、臨機応変の変革が求められていると考えるのは私だけでしょうか。

【由来となる漢文(守株待兔)】
宋人有耕田者。田中有名。兔走触株、折頸而死。因釈其耒而守株、冀復得兎。兔不可復得、而身為宋国笑。
(宋人に田を耕す者有り。田中に株有り。兎走りて株に触れ、頸を折りて死す。因りて其の耒を釈てて株を守り、復た兎を得んことを冀ふ。兔復た得べからずして、身は宋国の笑ひと為れり。)