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47年ぶりに三國志を紐解いて・・・
高校時代に吉川英治先生の三國志(全8巻)を読みましたが、47年ぶりに同書を紐解きました。高齢期を迎え再読してみると、経営的な見方が出来て面白かったです。今回は、三國志から学んだ、①組織はお家騒動で衰退する、②曹操の人材登用、③諸葛亮の信賞必罰、鞠躬尽力、七縦七擒の3点について述べたいと思います。
1 組織はお家騒動で衰退する
蜀は263年に魏に攻められ、魏は265年に部下の司馬氏に実権を奪われ、呉は280年に司馬氏の晋によって、それぞれ滅ぼされました。直接的には、敵国による滅亡ですが、実際は「内から腐敗が進み、既に亡んでいる。」状態にあったのです。恐ろしきは「内なる敵」です。特に、先代から次代に引き継がれる時に動揺が走りやすいものです。袁紹が亡くなった時、兄弟は骨肉の争いを始め、袁譚(兄)は曹操と協力して弟を追撃しはじめる有様でした。組織は、内部が結束・団結してパワーを発揮する。健全な組織であれば、小さな企業でも経営危機に瀕することは少なく、逆に巨大な企業でも、内訌が起これば危機に瀕するのです。
2 曹操の人材登用
曹操は権謀に長け戦が強いだけでなく、自分自身が有能であったにもかかわらず、人の才能を愛し、有能であれば前歴も思想も問わずに登用し、その能力を最大限に発揮させました。まさに曹操は、チャレンジ精神を燃やして乱世を駆け抜け、人の才能を愛しその才能を最大限に活用したことが、天下取りの原動力になったのです。
3 諸葛亮の信賞必罰、鞠躬尽力、七縦七擒
諸葛亮の政治は、賞罰の適用が公平無私で依怙贔屓がなく、その姿勢は心身を労してお仕えし、死ぬまで全力を尽くしました。また、七縦七擒は、北伐にあたり南方の憂いを断つため、諸葛亮が敵将の孟獲を捕らえては逃がしてやることを7回繰り返した末に、心服させたことに由来します。人心を動かして服従させることによって、この地方の異民族に税を課すことに成功し、蜀の財政が潤ったそうです。南方の憂いを断ち、財政を安定させた上での北伐だったのです。何事に対しても、計画的に戦略を立て、誠心誠意、一生懸命に打ち込むことが必要だと思いました。





